日記

供養 一日一法話

供養

先日、火葬場での待ち時間にお斎をいただいた。施主が個人の供養になり、精進落としますので、にぎにぎしく召し上がって下さいと言われた。その料理は精進料理ではない。精進していないのに精進料理という不思議さ。さらに、個人に対して供養となるはずもない。平気で殺生をしているのだから。そもそも供養とは自分が食して…
いかにあるか 一日一法話

いかにあるか

何かがあるとかないとかで世界を見ていくのではなく、いかにしてあるのかを考えていくと無数の縁を感じれるようになる。まことの有難しである。…