オランダ人医師は帰らなかった

明治の初め、熊本でオランダ医学を教えるマンスフェルトがいた。学生には、後に日本医学の父と呼ばれる北里柴三郎がいた。
学業に躓いた北里は、退学しようとマンスフェルトのもとを訪れた。すると、北里が話す前にマンスフェルトがたずねた。
「どうした。元気がないな」
思いもしない質問に北里は
「先生は異国で暮らしていて寂しくないのですか」
と尋ねるとマンスフェルトは
「もちろん帰って家族に会いたいさ。しかし、治せる病気を治さず、神頼みで治そうとするような迷信の人々がいる日本を見捨てることができないのだよ」
と返したそうだ。

マンスフェルトのこの意思は、迷い事の多い人々をすくいたいと誓われた法蔵菩薩の願いと共通するものがある

saikohji
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