那波加慶

 那波加慶という男は、有名な針医者であったが、
あるとき紀州和歌山の淑父、
那波道円という儒者のところへ遊びにきていたときのことであった。

 彼の腕を聞いた、その土地の第一の富豪、鴻池孫右衛門は、
使いをやって、療治をたのんできた。

 加慶は、気軽に引き受けたので、
支度のできるのを待っていた使いの者が、すこしもったいぶって、
「孫右衛門殿は、このへんいちばんの金持だから、うまく療治をやれば、謝礼もたんまりもらえるだろうし、後々までためになるにちがいない」
といった。
それを聞くなり加慶は、
「せつかくだが、療治にいくのは、おことわり申す」
ときっぱりいった。
使いの者は、驚いて、
「たった今、承知したと申されながら、手を返すようにおことわりとは解せぬこと、どうしたわけがあるのですか」
と、たずねた。加慶は、
「いや、はじめは、ただの病人といったから承知したが、當豪ゆえに、特別に精を入れて療治せよなどとは、もってのほかのことなので、おことわりするのだ。わしは今日まで、たくさんの病人に、針を立ててきたが、いまだかって金銀に針を立てたことなど、一度もないかちな」
と、答え、それっきり相手にもしなかったということである。

『三分間人生講話』花岡大学著

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