瀬戸内寂聴さんの言葉 「物を書くということは、銀座1丁目から8丁目を裸で歩くつもりで書くのよ。それぐらいの覚悟で書いたものだからこそ、人は見てくれる」 生島ヒロシさんの朝のラジオより。 親鸞聖人は自らを地獄一定住みかとかし・・・など、自らを赤裸々に見ておられた。人間のすくいようのなさを厳しく自らん見ていかれた。そして同時にそれをすくう弥陀如来の有難さを頂かれたのです。