仏説みみず経
仏説みみず経
昔々、お釈迦様がインドの祇園精舎におられた時のことでした。
その日は強い日差しが大地を照らしていたのです。
お釈迦様が散歩をしていると、干からびたミミズを発見しました。
お釈迦様:みみずさんみみずさん 大丈夫か
みみず:お・・釈・・迦・・様・・。も・・う・・・だ・・め・・で・・・す・・・。
お釈迦様:何故、こんなに暑くなっている石の上に来たのだ。
みみず:お恥ずかしゅうございます。先ほどの突然の大雨で、土の中にたくさん水が入ってきて息ができなくなりました。急いで地表にでると、地面は濡れてとても過ごしやすかったのです。動き回っているうちに、雨が止み、強い日差しが出てきました。土の中に帰ろうとしたときには、周りは乾き、土は堅くなっていました。
お釈迦様:帰る場所がないということか
みみず:はい
お釈迦様:それはそれは哀れなことよ。みみずさん、土の中に返してあげよう。水もかけてあげよう。
みみず:お釈迦様、それには及びません。私はもうすぐ息絶えます。鳥たちの餌となるか、土の肥やしとなりましょう。
お釈迦様:みみずさん、そなたの死は無駄にはならない。他の命にとっても、人間たちにとってもだ。
みみず:人間にもですか。
お釈迦様:ああ。人間もな、帰る場所を見失っているものが多い。人として生まれ、このいのちがどこに向かっていくのか、どこに帰るのかわからないものが多いのだ。私は、この地で西方極楽浄土の阿弥陀仏の教えを説こうと考えている。いのちの行き先はお先真っ暗ではない、極楽浄土がある。そこで阿弥陀仏は、いま現在、教えを説いておられるのだ。すべてをつらぬく光をいまここに届けているのだ。
みみず:わたしにもですか。
お釈迦様:ああそうだ。そなたもお慈悲のまっただなかだ。みみずさん、すまぬがなぁ、すぐに忘れやすい人間たちの為に、その干からびた姿を貸してくれ。そして、帰る場所はちゃんとあるか、どこに向かって人生を歩んでいるかと、問わせてくれ。そのために、わたしはこの出会いを人々に伝えていく。この教えをみみず経と名づけよう。
みみず:お釈迦様、ありがとうございます。
みみずは、息絶えました。
もし道端で、干からびたミミズを見つけたら、この教えを思いだしてください。人生、ちゃんと歩んでいるか、いのちの帰る先はあるか。
おしまい