はじめの一歩 阿弥陀経を学ぶ

12日の定例法座は、初めの一歩として阿弥陀経を学んでいます。今回は、阿弥陀仏の名の由縁をお釈迦様がお説きになる場面です。
経文と私なりの訳です。

〇 舎利弗(しゃりほつ)・●於汝意云何(おにょいうんが)彼佛何故(ひぶつがこ)號阿彌陀(ごうあみだ)舎利弗(しゃりほつ)彼佛光明無量(ひぶつこうみょうむりょう)

舎利弗(しゃりほつ)よ、その国の(ぶつ)の名を何故阿弥陀(あみだ)というのだろうか。舎利弗(しゃりほつ)よ、阿弥陀仏(あみだぶつ)慈悲(じひ)の光はどこまでもはてしなく、

照十方国(しょうじっぽうこく)無所障礙(むしょしょうげ)是故號阿彌陀(ぜこごういあみだ)又舎利弗(うしゃりほつ)彼佛寿命(ひぶつじゅみょう)及其人民(ぎゅうごにんみん)

すべての国々を照らしていて、遮るものがない。だから阿弥陀(あみだ)というのだ。また舎利弗(しゃりほつ)よ、阿弥陀仏(あみだぶつ)浄土(じょうど)の人々の寿命も限りがない。

無量無辺(むりょうむへん)阿僧祇劫(あそうぎこう)故名阿彌陀(こみょうあみだ)舎利弗(しゃりほつ)阿彌陀佛(あみだぶつ)成佛已来(じょうぶついらい)於今十劫(おこんじっこう)

だから阿弥陀(あみだ)というのだ。舎利弗(しゃりほつ)よ、阿弥陀仏(あみだぶつ)(ぶつ)に成られてから、十劫(じっこう)というはるかに長い月日が経っている。

又舎利弗(うしゃりほつ)彼佛有無量無辺(ひぶつうむりょうむへん)声聞弟子(しょうもんでし)皆阿羅漢(かいあらかん)非是算数(ひぜさんじゅ)之所能知(ししょのうち)

また舎利弗(しゃりほつ)よ、阿弥陀仏(あみだぶつ)のもとには数えきれない教えを聞く弟子たちがいて、皆阿羅漢(あらかん)というさとりを得ている。

諸菩薩衆(しょぼさっしゅ)亦復如是(やくぶにょぜ)舎利弗(しゃりほつ)彼佛国土(ひぶっこくど)成就如是(じょうじゅにょぜ)功徳荘厳(くどくしょうごん)

菩薩(ぼさつ)たちも同じで、数えきることができない。舎利弗(しゃりほつ)よ、阿弥陀仏(あみだぶつ)の国は、このように厳かなのだ。

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