どうにもならぬと解った時

草かご 著:甲斐和里子氏 より一部抜粋

往生ほどの一大事、凡夫の計ろうべきにあらず、只如来の誓願に任せ奉るべし

 親鸞様の此の御教え通り、アッサリお任せができたら、それで大事は成就してしまうのであるが、愚痴凡夫の悲しさで、気味の悪いもやもやしたものをいつまでも心の奥に秘蔵して、自分も苦しみ、如来様もお泣かせ申すのである。が、さて、いつまでも苦しんでもどうにもならぬと解った時、はじめて「そのままでよいぜ」の御喚声をハッキリと心の耳に聞き取りえて「ハイ、それではお言葉に甘えてこのまま御渡しいたします。あなたの御随意に遊ばしてくださいませ」と我が手にあわぬ厄介な我が心を、如来様の大きな御手にポンと御渡しするという大革命を遂げた後は、父の所謂「誠にこちらは安心千万のことにて候」

saikohji
  • saikohji

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です